メジャーとインディーズの違い

 インディーズとは、ある業種においてメジャー《大手》に属さず、独立性の高いもののこと。

 大手《メジャー》に対して中小のものをマイナーというが、そのマイナーの中でもメジャーと資金関係や人的交流などを深く持たず、系統化されていない独立性の高いものを指す。外国語の"independent"《自主の》を語源としています。

 ある職種や創造活動などにおいて寡占が進むと、大衆に知名度の高いものをメジャー、その他をマイナーと分類し、さらに、マイナーの内、独立性が高いものをインディーズと呼ぶようになります。

 いろいろなビジネス分野や党の中に有名・無名が存在する以上、多くのインディーズに付する共通項は「メジャーと比較すると大衆には無名」ということだけであり、その外形はとりどりであります。そのため、インディーズという用語を明白に定義することは頭をかかえるが、典型的にその媒体に資金が介在している場合は、メジャーは利潤を大きく追求し、インディーズは利潤以外の評価軸を追求することによってニッチ《少数派》を根強い客先とする、という特性が表れることが多いです。

インディーロックというジャンル

 欧米ではロックミュージックのカテゴリーにおいて、インディー・ロックとされる種類が確立しています。

 これは額面通りインディー・レーベルに属しているミュージシャンのみをテーマとしている種類というわけではなく、志向がインディー的な《利潤追求から独立的で、芸術を強く追求する》と言う意味を持って扱われています。

世界のインディーミュージックとシネマ産業

 欧米でのミュージックでは、ビッグ・フォーと呼ばれる四大企業《ユニバーサルミュージック、ソニー・ミュージック、ワーナー・ミュージック、EMI》、シネマではハリウッドのメジャースタジオ6社《ディズニー、ソニー・ピクチャーズ、パラマウントシネマ、20世紀フォックス、ユニバーサルシネマ、ワーナー・ブラザーズ》の傘下に属していない会社を指す。

 ミュージック・シネマ産業のような取れたてのもの、新鮮なものを消費者が絶え間なく求める業種におきましては、メジャー・レーベルのミュージック・シネマのみが売れ続けることは難しい。メジャーの取り揃える楽曲や作家が固定化したり、目新しさがなくなったりして消費者を満足させられなくなると、売り上げが下がってしまう。

 特にアメリカのシネマ・ミュージック産業は販路が多国間に広がることが多いため、アメリカ国内の地域・民族差、世界での地域・民族差を利用して、セリング頃・上映頃に差《タイムラグ》を作ってみたり、作家のツアーや俳優のセリング促進ツアーなどで売り上げを平坦化させたりして、質の変化があっても業績の維持を図ることが出来る。

アメリカにおけるインディーズ・レーベルの歴史で、重要な会社にチェス・レコードがあります。黒人向けのレイス・ミュージック《人種のミュージック》としてメジャー・レーベルが避けていたリズム・アンド・ブルースや、ロックンロールなどのミュージックを積極的に取り上げ、アメリカ全土でポピュラーミュージックとしての地位を固めることに成功しました。この頃のチェスの代表的なミュージシャンに、チャック・ベリーやマディ・ウォーターズなどがいた。他にもスタックス・レコードをはじめとするインディーズ・レーベルが多くのヒット曲をリリースしました。

 この後も欧米ではエルヴィス・コステロらが在籍したスティッフ・レコードなど有力なインディーズ・レーベルが誕生し、メジャー/マイナーという垣根は低いものとなっています。IFPIの報告によりますと、インディーズ・レーベルによるミュージック関連の売上高は全体の28.4%に達しています《2005年8月》。

シネマ界におきましては、制作費を出資・調達するプロデューサーやシネマ会社などの圧力を避けるために自己資金で製作を行う事があります。その最も極論な例が『スター・ウォーズ《SW》』シリーズで知られるジョージ・ルーカスで、アニメキャラクタービジネスで巨万の富を築いた彼は、SW新3部作では制作費を自己出資、製作において絶対神的な権限を握った事から、「世界で最も贅沢なインディーズシネマ」と言われています。

日本のインディーミュージック業界

 日本のミュージック業界におけるインディー《インディーズ》とは、日本レコード協会加盟のいわゆるメジャー・レーベルのレコード会社と比較する形で、同協会にまったく加盟していない独立系レーベルのことをさす。なお、少数意見としては、一部の準メジャー・レーベルのレコード会社まで含める意見もあります。

後述のようにインディーズ・レーベルに所属しながらプロとして十分な生計を立てているミュージシャンも多数存在するが、日本では依然としてインディーに対してアマチュアという認識が根強く残っているのも特性であります。また、「メジャーレーベルから定期的に新作を発売していること」をミュージシャンとしてプロを名乗るための必要要件と見なすCDかつての古くからの考え方も根強く、かつてメジャー・レーベルとの契約を持っていた者についても、インディーでの活動に移行すると半ば自動的に「元プロ」という扱いを受けることがときどき見られる。

一方で、特に日本のミュージック流通と小売店舗におきましては、メジャー・レーベルは多くの商材で返品を受けつけるが、インディーズ・レーベルは大半が商材の返品を受けない買い切り《売り切り》のセリング要件であるため、メジャーとインディーの区分けにおきましては、一度仕入れた商材について返品が可能か否かが大きな境界線となっています。

レーベルと人材

 日本のミュージック産業は、全て日本語によって歌詞が制作されてたり、あるいは日本語が歌詞の相当割合を占める楽曲が多いため、その販路の大半が日本国内《または日本人》であり、英語やスペイン語で製作された海外レーベルのコンテンツの様な時差や情報の広範な拡散を巧みに利用した業績維持による営業戦略は困難であります。そのため、日本のメジャー・レーベルには、ジャンル単位で売り上げが急激に上昇してゆく頃と、対照的に売り上げが一気に低迷しセリング実績が悪化する頃が発生しやすい。また、これに応じてメジャーとインディーの間で短期間で多くの人材・バンドの流入流出や消長盛衰が起きます。

 ジャンル単位で見た業績の急落や売り場の急激な縮小は、数年間に渡り急激に伸びたセールス実績がピークを迎えた直後から、数年後までに起きることが多いです。例としては、1960年代後半のテンプターズやタイガース、スパイダースなどのグループサウンズがあげられ、ブームは3-4年で邨らчしました。ある特定のミュージックジャンルで業績が伸びブームや「黄金時代」が到来すると、レジャー・レーベル各社の経営資源や資金・人材が同じジャンルに集中的に投入され、二匹目のドジョウを狙った類似楽曲や類似作家が次々と登場して乱立状態となります。この中では「質より量」という風潮が見られることも多々あり、短期間で売り場は供給過多の様相を示していく。そうなると、メジャー・レーベルが供給する膨大な量の同種のミュージックが次第にマンネリ化し消費者が聞き飽きてしまい、売り上げの低下が起き、その後を年単位の長期スパンで見ていくと最終的には俗に「冬の時代」「暗黒時代」などと形容される売り場低迷期に至る。この「冬の時代」が到来した時、一時のブームに乗ってメジャー・レーベルと契約した者が次々に契約を打ち切られたり、あるいは契約満了後に契約を継続できないなどの事態に陥ることが多分に起きます。その経緯はいずれにしても、メジャー・レーベルとのセリング契約を失ったバンド・ミュージシャンの少なからぬ割合が、ミュージック活動と新作発表を継続するためにインディーズ・レーベルへの移行を行うことになります。なお、1990年代のヴィジュアル系のブームは、XのエクスタシーレコードやCOLORのフリーウィルの成功をモデルケースにした数多くのヴィジュアル系専門インディーズ・レーベルの存在が背景になったブームであった。その為、ヴィジュアル系ではブーム到来と共にそのままバンドが立て続けにメジャーデビューを果たすのではなく、バンドの登場と並行してインディーズ・レーベルの乱立が起きました。ただし、これもブームの邨らчとともに売り場が縮小したことは同様で、多くのレーベルが消滅・整理の道を辿りました。

日本と海外のインディーの違い

 日本のミュージックにおけるインディーズは、上述の通り、大雑把に言ってしまえば「有名でない作家が属す、メジャーへの踏み台」という性格が強く、実際のところ大多数の場合はミュージックで生活を営むために、日本の作家はメジャーを夢見ている例が大多数であります。しかしながら、海外においてはこの価値観は必ずしもまかり通らないところがあります。

ミュージックは基本的にはアート《芸術》の一分野であり、難解なミュージック、実験的なミュージック、ルーツミュージックなどのニッチなミュージックを志向する作家も数多く存在します。しかし、これらのミュージックはその評価とは裏腹に商業的な成功には恵まれ無いことが大多数であり、資本の最大化を主眼としているメジャーのミュージック会社におきましては、当然ながらこれらの売れない作家がその傘下でミュージックを作ることを許されるのは稀有な例となります。

 よって、これらの作家はアンダーグラウンドにおいてインディー・レーベルに所属し、その創作活動を続ける場合が多いです。これらの背景から、インディーは「メジャーへの踏み台」としてではなく、「ニッチなミュージックを志向する作家が存在し得る場」として、一つの唯一的な地位を有しています。

 日本ではメジャーデビューした作家でも歌詞に問題がある等で、メジャーで出せなかった場合にはインディーズで出す事もあります。また、かつてメジャーデビューしていた作家が、ミュージック活動から遠ざかって数年若しくは数十年を経てミュージック活動を再開する時にメジャーではなく、インディーズで再開したり、メジャーの作家がレコード会社の方針に不満を抱いたり、自由な活動をしたい事から個人事務所等でレーベルを立ち上げてインディーズで活動する者がいます。

 更に、1968年にはフォークトリオの「フォーク・クルセダーズ」自主制作で出していたアルバム「ハレンチ」に収録されていた「帰って来たヨッパライ」がラジオの夜間放送で多く掛けられて、EMIミュージックジャパン《当時の東芝ミュージック工業》が「ハレンチ」収録の原作マスターでシングル盤を発売し、同グループが一年間の期限付きではあったが、メジャーデビューしました。インディーズの音源がそのまま、メジャーで発売された一例であります。

 1970年代にはアルバムはインディーズから、シングル盤はメジャーから出すと言う作家も出ており、アルバムをインディーズのURCレコードからシングル盤をメジャーのキングレコードから出したはっぴいえんどがその代表と言えます。

日本のインディーズ・シーン

 1998年11月に、フリーウィルと契約をしているDIRENGREYが、「-I'll-」でインディーズ史上最高記録《当時》を樹立。その後インディーズ初の日本武道館公演を実現しました。2001年にMONGOL800が発表した『MESSAGE』が、国内のインディーズ最高の280万枚を記録します。その後、HYやDefTech、ELLEGARDEN、theGazettE、シドなどといった、インディーズ・作家が相次いでヒットを記録しているため、かつてに比べれば「メジャー予備軍」としての意味合いは幾分ですが、薄れては来ています。ただし、資本や流通や作家関係などでメジャーと繋がっています《メジャー・レーベルが自社作家として登用する前に、インディーズでどれくらいの人気、売り上げが期待できるのかを目算した上で、初めてメジャーに移行させるというシステムを取っている》ところも少なくないので、インディーズの概念として譖匁乂な部分も多いです。

ピロカルピンとインディーズミュージックの世界!